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第9期讃頌会研修会の報告

第1回(2015年1月27日)

今年度の讃頌会研修は「救われるってどうなること?」という年間テーマのもと、尾畑文正師(同朋大学前学長・三重県いなべ市 泉稱寺住職)を講師に迎え、3回の研修会と交流研修会の計4回の研修会が実施されます。

研修会第1回目は、2015年1月27日(火)午後2時から4時まで東別院会館(名古屋市中区橘・名古屋別院内)・2F 蓮の間において、61名の参加者を得て開催されました。

第1回研修会は「真宗と救済・真宗において救われるとはどういうこと?」と題して講義が行なわれました。

講義の冒頭でキリスト教における救済、イスラム教における救済のお話があり仏教の救済浄土真宗での親鸞聖人の救われるとはとのお話で、自分だけの救いだけで終わっていくのは、浄土真宗の救いではなく、我・人と共に救われていく世界があるとの事でした。

講義終了後には質疑応答の時間があり、参加者から質問が出されたり、僧侶に対する注文が提起されるなど活発な議論が交わされ会は終了しました。


第2回(2015年2月26日)

2014年度第2回の讃頌会研修会は、「救われるってどうなること?」という年間テーマのもと尾畑文正師(同朋大学前学長・三重県いなべ市 泉稱寺住職)を講師に迎え、2月26日(木)午後2時から4時まで東別院会館(名古屋市中区橘・名古屋別院内)・2F 蓮の間において、54人の参加者を得て開催されました。

第2回の研修会は「韋提希の救い-突然の不幸を通して、本当の幸せを考える-」と題して講演が行なわれました。 講演では、『観無量寿経』に描かれている王舎城の悲劇の物語を手がかりとして、突然の不幸に見舞われた韋提希の救いを考えることが真宗における救済を考える上で重要だとして、息子で王子の阿闍世により王宮深くに閉じ込められた母で后の韋提希が釈尊の導きにより極楽世界を願うことになる行程を話され、普段我々が考えている「救われる」というイメージと、韋提希の救済の中身が違うことを確認することが真宗の信仰においては重要であると指摘された。

最後に、次回の研修会は王舎城の悲劇のもう一人の主役である阿闍世の救済について考える旨の予告をされて講演は終了した。


第3回(2015年3月24日)

第三回 「救われるってどうなること?」三月二十四日(火) 講師 尾畑文正(前同 朋大学長) 於:別院会館蓮の間 参加人数 五十七名

仏教では、縁起を謳う。私の存在は相互依存(inter beingインタービーイング)、一 人だけの問題にあらず、繋がっているのである。福島の問題は決して他人事ではな い。自分の問題であり、世界の問題。世界の問題は私の問題である。

社会的総体としての存在、人間は間主体的存在であり、「間」を中心とした存在とい えよう。

救いとは何だろうか?縁起存在、俺が俺がの自我に気付いて、縁起としての存在に目 覚めていくことではなかろうか。

世の中、安穏なれー私だけの救いではなく、世の人々と共に救われる事を考えたい。 軍事からは平和は生まれない。罪を引き受けてあらゆる人々の救済をする為には、地 獄を背負って立つ覚悟も必要であろう。

仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔  真実を見たが故に、そうせざるを得な いこの身を拠り所に、叱咤激励していきたい。