法話:人のふり見て わが ふりに気づく

人のふり見て わが ふりに気づく
碩善寺 釋 信明(青木信明)

家を出て少し行った所で、携帯電話を忘れたことに気づき、あわてて戻り、玄関にぞうりを無造作に脱いでしまった。

ぞうりを履くとき、小学二年の孫が、その脱ぎ捨ててあったぞうりをジッーと見ていた。その眼は、「履物は、きちんとそろえなさい、といつもうるさいように私に言うのに、おじいちゃんは履物をそろえていない。履物をそろえなさい!」と、訴えているように感じていくら慌てていても脱いだらそろえておくべきだったと後悔した。

『家庭教育二十一ケ条』森信三著に次の事が載っていた。

人間教育の基盤は、家庭教育にあり、その全責任者は、母親である。しかもその家庭教育の根本は「しつけ」であって、これが人間教育へのスタートで、しかもこの躾け(しつけ)の根本は三つの事柄を徹底させればわが子を人間として軌道に乗せるもとになる。
第一、 朝、必ず親にあいさつする子に。
第二、 親に呼ばれたら必ず「ハイ」とハッキリ返事のできる子に。
第三、 履物を脱いだら必ずそろえ、席を立ったら必ずイスを入れる子に。
「あいさつ」、「返事」ができる子どもは、いつの間にか素直な心が養われ、人の話を聞く耳ができる子。
履物をそろえ、イスを入れることができる子は、前の動作のしめくくりであると同時に、脱ぎ捨ててある履物によって次に入ってくる人に不愉快な思いにさせない、人に対して思いやりが出来る子。

そんな子どもに育てたいと「・・・しなさい。」と、子どもに対して命令するような言い方をします。しかし、

『子どもは、親のすることにはまねをするが、親の言うことには従わない。』

という言葉があるように、躾けの基本は、まず親自身が、子どもに対して手本となるような生活をしているのか、両親が朝のあいさつをハッキリしているか、また親が、呼ばれたら必ず「ハイ」とハッキリ返事をしているか。脱いだ履物を見れば、家庭の様子がわかると言われているように、親が家庭においても、履物をそろえているかということです。

『躾け』の字は、身が美しいと書きます。子どもを躾けようとする前に、親の身が美しくかがやいているかが問われている事だと気づかせていただきました。