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法話:心が温かくなるとき

心が温かくなるとき
願正寺 釋 明潤(長岡明潤)

あなたにとって心が温かくなる瞬間とはどんな瞬間なのでしょうか。ご家族やご友人との楽しい会話の一時でしょうか。それとも可愛いペットと触れあっている時間でしょうか。あるいは何か美しい花や微笑ましい写真や絵を見ている時でしょうか。または、作者の心の優しさが伝わってくるような芸術品と接している時間でしょうか。

あなたをはじめ人はそれぞれ自分らしさを保つ貴重な時間として、心を温め安らぐ時間を必要とし、その時間を生活の中でなんとか確保しながら、自分の心や気持ちの安定を得ているのではないでしょうか。

私には、多くの方々が心を温めておられる一般的な時間以外に、もう一つ温かい瞬間があります。それは仏様のお心にふれている瞬間です。それは私の日頃の生活の中で折に触れて現れます。例えば、お釈迦様の教えや親鸞聖人の教えにふれる時間です。具体的には経典や和讃を唱えている時であり、また、仏教に関する本を読んだりCDを聞いたり、お説教を聞いている時です。そういう瞬間には私はとても心が温かくなります。

仏様のお心にふれていると感じる瞬間や仏教の教えにふれていると感じる瞬間はいつの間にか私の中でどんどん広がりました。自然の草花を眺めたり一生懸命に生きている小さな生き物を見つけた時。アフリカの猛獣が草食動物を襲って食べてしまういわゆる食物連鎖のようすのテレビを見た時。親の腕の中で安心してスヤスヤと寝ている赤ちゃんの顔を見かけた時。あるいは,知らない子どもたちがはしゃいで遊び回っている姿を見ている時。時には,人々が一生懸命に働いている姿を見た時。これらの何げない世の中の多くのありさまが、全部仏様や仏教とつながっていると感じられるようになりました。昨年ヒットした「千の風になって」という歌もまさに真宗の教えが説かれていると感じてしまいます。

そういう心が温まる時間の中で、私の心を直ちに最も温め解きほぐしてくださるのはお念仏です。ご本尊の前に静かに座り、心を鎮めて合掌礼拝し、南無阿弥陀仏と数度唱えるとき、私の心は全ての執着から解放されるがごとき状態になり、頭の中が温かいもので一杯になるのです。すべての計らいを超越し自分を投げ出したような感覚。すべてをお任せしてとてもリラックスする感覚。そういう感覚が押し寄せ、体が温かくなり気持ちがとても穏やかになるのです。

私は今までの人生の中で幾度となく精神的に苦しい局面にぶつかりました。そんな時はいつも心に響く仏教の教えを探し尋ねました。その結果、いつも仏教や真宗の教えがこの私の心を助け、救い、その後挫折することなく今まで生かしてきてくださったと思うのです。

テレビのニュースや新聞は連日のように信じられないような凶悪な犯罪や、人を陥れる卑劣な行いや,人類の未来に暗澹(あんたん)たる気持ちを起こさせるような内容で溢れ、受け手の人びとは、もはや、知らない人たちや世の中を信じることができなくなるような不安に駆り立てられるばかりです。現代人は便利な物に囲まれてはいても、もう人の中でどうやって生きていったらよいのか、その生き方が分からないという状況に追い込まれています。

そんな時、真理の法を悟られたお釈迦様の教えや、阿弥陀如来の本願力をただ信ずればそれだけでよいおっしゃった親鸞聖人の教えは、貪り(むさぼり)、怒り、愚痴で自らを陥れ悩み苦しむ人びとを救い、明るくたくましく人生を歩いていくための指針となることでしょう。仏教の教えは、誰もが一人一人大切な存在であり仏様から願いをかけられている存在であると気づかせてくださるからです。

すべての衆生を救いとるために現れてくださり、世界の隅々までお慈悲の光で照らしてくださっておられる仏様がいらっしゃることに気がつかれたら、あるいは、悩み苦しむあなた自身を救いたいと願っておられる仏様がいらっしゃることに気がつかれたら、あなたはきっと大きく変わることでしょう。哲学まで昇華した日本仏教の精神世界、あるいは、阿弥陀如来へ純粋な信仰を勧める真宗の世界をどうぞお訪ねください。それらの世界はあなたの心を温め、あなたの人としての生き方や人生をきっと深く実りあるものにすることでしょう。


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