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自分を立てようとすれば、相手もまた自分を立てようとする

法蔵菩薩が発願し、修行して阿弥陀仏となられたことが説かれた「仏説無量寿経」の四十八願、三誓偈の後に法蔵菩薩の修行の様子を説かれた経文に

「建立常念 無衰無変 於不可思議 兆載永劫 積植菩薩 無量徳行 不生欲覚 嗔覚害覚 不起欲想 嗔想害想 不著色声香味 觸法。忍力成就 不計衆苦。少欲知足 無染恚痴。三昧常寂 智慧無礙。無有虚偽諂曲之心。和顔愛語、先意承問。」(聖典27)
欲は少なく、足るを知って相手の心を汲み取ってよく受け入れるとあります。自分より先に、まず相手がある、ということでしょうか。

先だって教区の研修で、小学生の作文
「おばあちゃんを助けたい。」
のご縁をいただきました。
耳の聞こえなくなった祖母や、殆ど目の見えない曾祖母の助けになりたい、祖母たちの家に行った際には皆が助け合えば幸せに暮らせるという内容でし た。
まだ小学生故、介護の辛さ等といった現実は知らないから、といういらぬお節介な思いがよぎりました。
年をとるということは、心身共に不自由になる、その姿を身をもって教えてくださっているのだと言いたくなります。
しかし、子どもの純粋な眼、思いに記気づかされるべききでした。
いらぬお節介は、自分を立てる身勝手な思い、曇った眼から出てきたのではないかと知らされました。

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